正義の味方、それともただの変態? 仮面を付けているキャラクター特集

当初はヒーローの象徴だった

仮面を被っている=秘密の正義の味方

変な話をするが、仮面を被ったキャラクターの事をどう思っているのかを考えてみたい。個人的には最近、仮面を被っているとどうしても『=変態』と当然のように考えてしまっている。現実的に犯罪者の中には覆面ないし仮面をして素顔がバレないようにするための方法として利用しているからだ。そうした実例を考えると、覆面被って何正義の味方面しているんだと罵られることもありますが、少し振り返ってみるとそんな風に思われていたばかりではなかった。

思い出して欲しい、現在でも仮面を被った代表的な正義の味方が存在している。仮面ティーチャーとは全く異なるが、同じ仮面を被って悪に打ち勝つ『仮面ライダー』という存在を。彼らはまさに正義の象徴だ、最も原点は悪の組織による改造人間が復讐をするために活動するというのが全ての原点でもある。なので正確に言うなら正義だと断言できない部分もあるかもしれませんが、子供の頃に見ていた正義の味方像としてこれ以上ないくらい象徴的な存在だ。

『仮面を被っている=正義の味方』、なんて安直な発想と思う人もいるかもしれませんが、子供の時はそんなこと疑問に思うこともない。それくらい明確な定義と言えるのです。

正義の象徴

今と違い、仮面ライダーが社会的ムーブメントとしてその名を馳せていた時に誰も覆面であることに疑いを持つことはなかった。例えば子供に説明するときにも、正義のヒーローというものは素顔を隠して戦うものだといえば大体納得します。かくいう筆者もそうだと教えられてきたので、幼少期はそう信じていました。時々バレバレだったりしますが、そこはまぁご愛嬌といった感じでごまかされたものです。

仮面ティーチャーでも一応『学校を更生させる』としている点から見れば正義といえなくもないですが、どちらかと言えば必要悪といったほうが良いのかもしれません。仮面ライダーの場合、自身の復讐もそうだがひいてはその行動によって世界平和へと繋がっていく事を思うと、やはり目指す目標の規模が違いすぎる。仮面ティーチャーの場合には学校を清く正しくすること、最終的に自身に変わる仮面ティーチャーの後継者を選んだ後に学園を去る、というのが定番だからだ。

だが仮面ライダーは悪が存在している限り戦い続けなくてはいけない、それこそ自身が戦えなくなったとしてもだ。そう考えると都合よく後継者となる次代の仮面ライダー達が登場しているのも都合が良すぎるだろうと思わなくもない。ただやはり70・80年代の少年たちにとって仮面を被った正義のヒーローという印象が一番強かった時代といえるでしょう。

現在でも根強く

仮面ライダーの人気に関しては現代でも継続している。現在最新の仮面ライダーは『仮面ライダーゴースト』と呼ばれ、現在も放送が継続している。つい最近、2016年3月26日には初代仮面ライダーが平成仮面ライダーと共演する『仮面ライダー1号』が公開された。筆者は世代ではないが、親が熱心に子供のためにと当時は最新だったビデオに録画してくれていたので見ていたものです。

懐かしいなぁと思いつつ見てみると、最初にこう思った。

『……ゴツくね?』

目の錯覚かと一瞬思った、二度三度見してからもう一度確認してみたが、やはり個人的なイメージの中にある仮面ライダー1号とは何だか違和感があった。それというのも、放送当時のフォルムと比べれば何倍か膨れ上がっているからだ。もう少しスマートじゃなかったっけ?? と疑問符が立ったもののそれはそれで喜びそうな人がいるのかもしれませんね。

ただ作中では大分顔バレしすぎているので、影の味方というより公認の正義の味方状態になっている感がしてならない。

仮面を付けたキャラクター

仮面ライダーは実写の特撮アニメとして放送されていた。今とは大分枠こそ違いますが、仮面を被った正義の味方という印象は多くの人々を釘付けにしたものです。『仮面ライダー=正義の味方』、そんな定義が囁かれていたとしても不思議な事はない。仮面を被った人はもしかしたら良い人かもしれないと、現実にはありえませんが二次元の世界ではそんな固定観念が生まれた瞬間だったかもしれません。

ただ仮面をつけたキャラクターについては、むしろこちらの方が印象が強いのではないかと思っている人もいるでしょう。