正義の味方、それともただの変態? 仮面を付けているキャラクター特集

主人公、やり過ぎな件じゃね?

普段の荒木剛太

この作品の主人公、『荒木剛太』についてだが見た目は非常に素朴で、真面目そうな教師に見えます。ここは鬼塚という金髪でタバコを授業中に吸いそうな勢いの奇天烈教師と差別化した、と見ていいだろう。連続して不良教師が登場しては斬新な世界観も期待できない。また荒木はどちらかといえば健全な体育会系でもあり、趣味は肉体鍛錬とグラビアの切り抜きという高校男子かと突っ込まれそうな趣味を持っている。同僚である『市村美樹』が自身に惚れていると‘勘違い'しており、彼女の前でイイトコロを見せようとしている。言うまでもないが、大半が空回りしていて正直変人と言われても可笑しくないレベルだ。

おとなしそうな風貌故か、問題生徒から相当な嫌がらせを受けることがあり、時に突き落とされて死んだと言って良いレベルの事態になるほど。ただ打たれ強さだけも自慢なのか、頭から血を流して戻ってきて平然としていたりもする。見ていると思わず頭の血、なんとかすればと突っ込みたくなるくらいだ。

そんな荒木だが、表の顔は頼りなさそうな教師としての印象しか見られない、しかし裏の顔は問題のある学校を矯正していく仮面ティーチャー『十文字隼人』として活躍している。あれだろうか、某格闘ゲームの熱血先生と似ている気がするのだが、インスピレーションとかそういう次元の話なのでしょうか。またとある声優の源氏名だったりもしますが、まぁ憶測はたくさんできる。

問題児たちを更生するといったが、どのような方法で行っていくのでしょう。一言で言えば、鬼塚英吉とは違った意味でかなり危ない方法だった。

十文字隼人で行う教育指導

作品の性質上、ある程度進行した世界観の中で仮面ティーチャーとなった十文字隼人は問題児たる生徒たちへ熱血という名の教育指導を行っていきます。理路整然と教育論も唱えますが、大半が暴力による制裁だ。この状態になった荒木を見ていると、普段は暴力に対して否定的な考えだが仮面ティーチャー時においては、わからないなら動けなくなるまで殴って黙らさせるところから始めます。喧嘩上等、体罰大歓迎な思考の教師というわけだ。

制裁完了後、問題児だった生徒をひっ捕まえてバリカンで断髪していきます。この時頭に入れられるのは『KT』というイニシャルサインで刈られ、教育指導完了のサインにされます。見るも無残な姿になって生徒は改心していく、というのがお決まりの展開となっている。もちろんこんな屈辱を味合わされたのだからし返さなくてはダメだとやられた生徒側が思うかもしれません。それくらい、やり過ぎなところがある。

ただいいこともいいっている

筆者個人にしては、必要ならば教師も生徒を殴る勢いで叱ることも大事ではないかとも考えている。とはいえ十文字隼人がやっているような事を肯定することはない、彼のやり方は過激を通り越して逆に犯罪と見られる可能性があるからだ。作中の世間では知られていない裏の組織に属しているからこそニュースに取り沙汰されることもないため、超法規によって行動全てが容認されているような状態なのでしょう。

そんな十文字隼人ですが、過激な行動と共に教育観を語ることもある。そこで語る内容には藤沢とおる先生が考える、あるいは世間で言われる教育に対する考え方が見えてきます。どんな熱いセリフを言っているのかというと、代表的なものはこんなところだ。

十文字隼人の名セリフ
  • 紙の上でしか世の中見ていない頭でっかちに、社会ってやつを教えてやんなきゃいけないんすよ
  • お前にどんな傷があるか知らねーけどよ、だからって人を傷つけていいって道理はどこにもねんだぜ!?
  • 将来どうなるか、分かってなきゃいけねぇのかよ? 将来が保証されてなきゃ、何もやっちゃいけねぇのかよ? そんなのどこがおもしれぇんだ!?
  • いい大学入って、いい会社なんかに入るより、俺は良いダチ公見つけるほーがよっぽど財産になると思っている

心理を付いている

こうした内容を見ると、藤沢とおる先生が考える教育とはこういうものではないかという設計図が見えてきます。そういう意味では十文字隼人として、また荒木剛太として語る教育論は代弁者なのかもしれません。

仮面ティーチャー量産計画

また仮面ティーチャーとして荒木剛太は学校の更生を行っていきはするものの、実際の目的は自身の後任を見つける事が一番の目的だという。無事にその学校で引き継ぐに値する人間を見つけた後は、何かしらの罪を受けて学校を解雇される契約となっている。そしてまた違う学校へと赴いて問題を解消していく、これを繰り返していくのです。

つまりあれだ、学校に仮面ティーチャーを一つの学校に1人は後継者として選出していくという。量産計画みたいなものなのでしょうか、それはそれで怖いと感じるのは筆者だけだろうか。